平成20年 6月
入選 渡部直美
〇今日もまたからだ傾く利用者の隣を歩きそっと手を添える
(講評)この歌には、利用者への尊厳と包み込むような眼差しがある。結句の「そっと手を出す」が、うまく響いている。
入選 増井美佳
〇声帯を無くした祖父と会話する私が介護を選んだ理由
(講評)作者が力強く、「介護福祉士」を目指す決意をこの歌に込めている。心に沁みてくる。
入選 小出有香
〇しわしわの手から教わりし折り紙を今は私が友に教える
(講評)作者と利用者との、折り紙に心をつなぐ暖かいぬくもりが感じられる。「しわしわの手」が親しみを感じさせ、とてもいい。
入選 小椋正三
〇点滴をいやがる吾子の涙顔ほほよせあやす夜の更けゆきに
(講評)子をいとおしむ親の愛情が伝わってくる。結句の「静かなる夜」は、病室のもつ雰囲気がうまく表現されている。
入選 山辺密蜂(やまべ みちばち)
〇帰りきて我が家の跡かきつばた留守番のごと咲きつづけおり
(講評)退院後間もない作者の安堵感とともに実感が伝わってくる。三句の「かきつばた」がその思いを包み、うまく響いている。
入選 伊藤美智子
〇アカシアの花に負けじと競い合う北の大地のよさこい祭り
(講評)上句の札幌の自然の描写と下句の祭りの風景がマッチして雄大な感じがでている。
入選 安本真人
〇あこがれの街よりなつかし名前聴きわが故郷を偲ぶ一時
(講評)遠い日の思い出は、セピア色した映画のフィルムのようである。故郷での師との出会いと別れ、時の流れや季節の移り変わる余情を感じる。
入選 古賀美貴子
〇一年の流れの速さ気にかかる自分自身に実りあるのか
(講評)ライフステージのなかでの目標や幸せのスケールは、人によってそれぞれ違い、心奥にあると思う。作者は、日々怠らず努力することと、生涯が研鑽であるとつぶやいている。
入選 希弥
〇いつからか追いかけていたその背中少しでいいの近づきたいの
(講評)高校3年生の作品である。思春期の琴線に触れ、憧れの様を素直に詠んでいるのがよい。
佳作 近藤真代子
〇百歳の利用者さんと交わすのは投げキッスして別れのサイン
(講評)着想が個性的である。いろんな経験を乗り越えてきた利用者のユーモラス感が心に届く。
佳作 高山真生
〇毎朝の日課となった通学路猫の姿に顔がにやける
(講評)毎日の通学路で出会う猫がいる。何でも無い事が何となくおかしい、そして嬉しかったのであろう。
佳作 三浦加奈子
〇「好きな人いないの」と聴かれ困りはて否定はするが頬は赤らむ
(講評)引き込まれてしまうおもしろみがある。作者の純朴な人柄がでた作品である。
佳作 吉田加代
〇笹団子季節の折に婆ちゃんが毎年つくる愛情の味
(講評)情味豊かな三世代家族が見えてくる歌である。孫の祖母に対する温かな視線が感じられる。
佳作 由子
〇いつの日か一人の人の介護して死なんと思う我はヘルパー
(講評)利用者の命を慈しむホームヘルパー(訪問介護員)の気持ちが素直に伝わってくる。人生は長いようで短い。歌は生きてゆく己自身を映す鏡である。
以上、選評 土永典明
◇投稿作品の多くは学生が日常生活で感じる心情を詠んだ歌ですが、今回は一般の方からも投稿をたくさんいただき感謝しています。2008年6月14日に岩手・宮城内陸地震が発生しました。被害を受けられた皆様に、心よりお見舞い申し上げ、一日も早く復旧されますようお祈りいたします。