2008年8月31日日曜日

平成20年 9月

入選  大泉千夏

〇利用者の白髪の数と手のしわは苦労と歴史を物語っている

(講評)介護実習でかかわった利用者(高齢者)の「白髪としわ」が、まず目に入ったのだ。顔と言わず、白髪としわに焦点を当てて詠むことで、多くを物語らせる歌になった。

入選  鈴木麻里子

〇笑いあり涙ありの実習は自分を一歩成長させた

(講評)初めての介護実習で、辛いこともあったが、その分楽しいことも経験できた作者である。介護福祉士を目指し、日々を怠らず努力することが、未来につながる。


入選  山辺密蜂  

〇瀬音せず月の瀬の宿丸窓に変わりなき声霧島つつじ

(講評)季節感を醸成した、故郷を思いやる地元の人らしい歌である

入選  石川順一

〇二階のみクーラーつけて耐え居れば下へ行く度何もせず汗

(講評)二階と一階の境目であたたかい空気が流れている。作者の毎日の暮らしがよく描かれている。

佳作  秋野理紗

〇食事介助いまだタイミングつかめないどのスピードがいいのかな

(講評)はじめての介護実習で、利用者の食事介助をした作者。利用者に声をかけ、食べやすい体位や、配膳の位置、食べやすい料理の工夫、食事摂取状態の確認などをおこなった。利用者の満足度も考え、利用者側にたった対応を学んでいった。

佳作  伊東良子

〇我気づく目もとに光るその涙心に沁みる優しさのあかし

(講評)5日間の介護実習で多くのことを語りかけてくれた利用者がいた。その方は、作者に娘を重ね合わせ涙された。三句の「その涙」が多くのことを物語っている。

佳作  渡邉彩

〇おばあちゃん認知症でわからないでも残りしは優しい気持ち

(講評)砂時計の砂のように記憶がさらさらと落ちていってしまう。現在のみならず、過去の記憶もほとんど忘れてしまった利用者(おばあちゃん)である。しかし、その方の情緒面は維持されていると、作者は今回の介護実習で気づいたのである。

佳作  佐藤裕衣

〇もしもだよ瞬間移動できたなら願いは一つあなたのそばへ

(講評)普段は強がりをいって、「あなた」に素直になれない自分がいる。メールを送信したあと、そんな自分は可愛くないと自嘲する。四句の「願いは一つ」に作者の真剣な眼差しがうかがえる。

佳作  古賀美貴子

〇物忘れ知らないうちに消えていくメモする手にも力が入る

(講評)記憶が歳とともに薄れてゆく寂しさともどかしさを詠った。作者の気持ちが手にとるようにわかる。

佳作  安本真人

〇語りかけ必死に向かう彼をみて私は新たな夢を追いかけ

(講評)教員である作者が実感として詠った一首である。「先生」と呼ばれる人は、「できる人」ではなく、「できない」ことや「知らない」自分を素直に受け入れることのできる人であると作者は述べている。また、正直な自分であり続けたいとも言っている。

以上、選評  土永典明

2008年8月1日金曜日

平成20年 8月

入選   柳杏沙

〇目の見えないおばあちゃんと握手した「あなたの顔が見えるようだわ」

(講評)初めての介護実習で、作者が全盲の利用者(高齢者)と握手したときに、この言葉が返ってきた。単なる実習生と利用者との交流だけではない。実習生である学生と利用者の意志が、互いにしっかりと受け止められている。それが深さであり、一首の力となっている。

入選   池田彩夏

〇失敗は生きてる証と利用者に言われて涙が止まらなかった

(講評)作者が料理を失敗した話しをしたとき、利用者が「私も料理は得意じゃないのよ」と話してくれた。この利用者のいろんな経験を乗り越えての実感が、上句に凝縮されている。この言葉を聞いた学生は、悦びを感じ、うれし涙で胸がつまったのである。

入選   伊東良子   

〇実習を振り返るたび思い出す何もできない我の姿あり

(講評)実習では授業で習ったことがあまり生かされず、積極的に動けなかった作者である。「何もできない」と心情を押さえず表現した気持ちが素直に出ていて共感を呼ぶ。

入選   小柳知栄美

〇「看護師さん」そばを通るといつも呼ぶあなたの前だけ看護師です

(講評)認知症の利用者の方の前では、「看護師」という仮の姿で名優を演じ実習が終わり素に戻る作者である。簡潔に表現して奥深さを詠った。

入選   大桃雅俊   

〇最終日あの一言でウルッとした「あんたがいねえと寂しくなるね」

(講評)作者の人柄が彷彿とするところがいい。上句の若者言葉と、下句の利用者の言葉に好感を覚えた。

入選   古賀美貴子

〇吹き抜けたよさこいの風リラ冷えに力強さと艶やかな舞

(講評)札幌の「よさこいソーラン祭り」での活気を詠っている。初句の「吹き抜けた」と結句の「艶やかな舞」の表現に、祭りの情熱的な音と演舞が見えるようである。

入選   石川順一

〇槌の音ひねもす響く夏の日に何もかもが開放的な

(講評)「槌の音」と具体的な物を出し、夏のにおいを感じさせた。

入選   山辺密蜂   

〇麦の秋学童の列叫び声遠く見えるはふたかみの山

(講評)言葉に遊びがない堅実な一首。老境に入る作者の懐の深さを感じさせる。

佳作   吉田加代   

〇失語症言葉発せぬ利用者と目と目で交わす心の会話

(講評)言葉がうまく発することができない利用者とも、アイコンタクトすることでその人の心境が理解できた作者である。

佳作   武樋成子   

〇言葉なく手と手が触れ合うそれだけで何かが伝わるメッセージ

(講評)言語障害のある利用者と話すことが困難でも、手に触れて温もりを感じたときに、その人と会話ができた気がした。障害がある人との会話を違和感と感じてしまわず、スキンシップにより敏感に受け止めている。

佳作   渡邉沙希

〇利用者さんいつもウトウトしているが水戸黄門に釘付けになる

(講評)目のつけどころが面白い。時代劇長寿番組として「水戸黄門」は世代を超えて広く親しまれている。

佳作  安本真人

〇学舎は七夕終われば夏休みされど何処からか足音聴かむ

(講評)学校の教員である作者。学生が休暇に入ると想像を絶する仕事が入ってくる。上句に学生の状況を、下句に作者自身の日常生活を描写している。

以上、選評  土永典明