2008年12月2日火曜日

平成20年12月

入選    長尾理菜
   
〇陽のあたる学校の門通り抜け手を振る友の元へ駆け寄る

(講評)日常の何気ない通学風景を詠んだことで、印象鮮明な一首になった。

入選    松澤美佳

〇離れても帰ってこようと思う街それが私の故郷です

(講評)故郷に対する望郷の気配を感じた。

入選    石川順一

〇球根の芽出す遅さを思い遣る冬の長さは報われるのか

(講評)球根の芽に春の訪れを待つ作者である。季節感をとらえ感性の良さが出た。

佳作    川崎恵

〇共に生き共に育った愛犬よ先に逝くなど嘘だといって

(講評)家族の一員であった老犬への愛情が伝わってくる。

佳作    堀川恵里奈

〇その昔大好きだった田んぼ道今はイナゴの姿も見えず

(講評)何気ない素材だが、郷愁とともに現在の索漠とした光景が目に浮かぶ。

佳作    小林綾子

〇テスト前好きな科目を先にやり後が辛いよ苦手な科目

(講評)気取らない感じが楽しくさせてくれる。

佳作    平賀麻依    

〇「ありがとう」その一言があったから私は今も頑張ってます

(講評)素直に感謝する様子が頭に浮かんでくる歌。

佳作    布施由里香

〇「ありがとう」いつものように声かけてくれるあなたに「ありがとう」

(講評)押しつけがましくない表現が心地よい。

佳作    希弥

〇君のため想う心が届かない人の心は難しいもの

(講評)自分の心のありようを思い返している。友は今どうしているのだろうか。

以上、講評   土永典明

2008年11月6日木曜日

平成20年11月

入選   高山真生

〇故郷ののどかな景色見るたびになぜか落ち着くいつもの自分

(講評)故郷の四季の変化を楽しみ、ささやかに生きる作者の心の豊かさを感じる。

入選   渡邉彩

〇家のまわりいつも見ていて気付かない足元に咲くたんぽぽの花

(講評)何気ない情景だが、結句の「たんぽぽの花」に温もりを覚えた。

入選   岡村恵里

〇描こうかあの海あの山あの稲穂けれど絵の具では表せない

(講評)自然の景色を一枚のキャンバスに描こうとするが、千変万化の自然の光景をとらえることができなかったのであろう。

入選   川崎恵

〇稲穂垂れ登校道が金色に少し楽しむ学校帰り

(講評)かすかに主情をうかがわせながらの描写力を感じた。

入選   石川順一

〇食品の安全神話を揺るがせるニュースを聞けば一夜の長さよ

(講評)賞味期限の日付改ざん、産地偽装、食品の使い回しなど、食の安全性が問われ生活が脅かされている。糺されなければならないことの何と多いことか。

入選   希弥

〇悩んでも助けられてるその言葉「あなたにはいつも私がついてる」

(講評)すがすがしい空気のただよいを感じる。友達の心配りが嬉しかったのであろう。

佳作   永井沙織

〇いつだって少しの変化気付いてるあなたの言葉は私の癒し

(講評)「あなた」と言葉を交わすことで、ふと触れた優しさ。

佳作   小出有香

〇夜になり灯りないけど明るいよ星がとっても輝いてるよ

(講評)星が夜空のキャンバスにちりばめられている。外連味のない美しさに魅せられて、味のある歌となった。

佳作   小林綾子

〇いつまでも変わらずいてねおばあちゃん明日も笑顔がみたいと願う

(講評)悲しかったことも、苦しかったことも忘れたように、笑顔を絶やさない老婆であった。

佳作   小林美菜子

〇介護はね力まなくてもいいんだよ少し手伝うだけなのだから

(講評)介護される身にとって一日は長いことだろう。介護者は、少しギアをダウンさせることで利用者と水平になれるものである。

佳作   佐藤奈津佳

〇晴れた日は遠くの海に島見える今頃家族何してるかな

(講評)一人暮らしをして思うことは、佐渡にいる家族のことである。家族に対する、忘れてはならない感謝の気持ちの声が聞こえてくる。

以上、選評   土永典明
◇10月18日(土)・19日(日)は新潟青陵大学/新潟青陵大学短期大学部の青空祭でした。地域交流作品展として、4115教室に絵画や陶芸、写真とともに短歌をしたためた色紙を展示しました。地域の皆さんにも、文化的な活動を知っていただく良い機会になりました。

2008年10月1日水曜日

平成20年10月

入選   間口知美

〇目が合うと必ずにっこりしてくれるその度ごとに元気をもらう

(講評)実習中に不安になったり疲れたりしたが、毎日作者と目が合うと笑ってくれる利用者がいた。その優しい眼差しは慈愛に満ちていた。

入選   石川順一

〇朝顔は野生の地にもたくましく紺色の花人に見せつけ

(講評)朝顔に対する叙情を示し、雑草の中に咲くたくましさを写実した。

佳作   須田悦世
   
〇母の日に贈る言葉「ありがとう」照れくさいけど心を込めて

(講評)恥ずかしがりで、愛情表現がうまくできない人が多い。「照れくさいけど心を込めて」とある実直さが快い。

佳作   倉田陽介

〇いつからか、向き合うことを恐れては素直になれず後悔ばかり

(講評)人間どう強がってみても、一人では何もできない。心の内面を吐露することで、自分の弱さと向き合っている。

佳作   古賀美貴子

〇母語るさっきも聞いたその話し加齢のせいか病気のせいか

(講評)人間、あるがままに生きればよいのだが、介護者にとってはそうもいっていられない。母を気遣う娘の思いが伝わってくる。病や老いは誰にとっても他人事ではないのだ。

以上、選評  土永典明

2008年8月31日日曜日

平成20年 9月

入選  大泉千夏

〇利用者の白髪の数と手のしわは苦労と歴史を物語っている

(講評)介護実習でかかわった利用者(高齢者)の「白髪としわ」が、まず目に入ったのだ。顔と言わず、白髪としわに焦点を当てて詠むことで、多くを物語らせる歌になった。

入選  鈴木麻里子

〇笑いあり涙ありの実習は自分を一歩成長させた

(講評)初めての介護実習で、辛いこともあったが、その分楽しいことも経験できた作者である。介護福祉士を目指し、日々を怠らず努力することが、未来につながる。


入選  山辺密蜂  

〇瀬音せず月の瀬の宿丸窓に変わりなき声霧島つつじ

(講評)季節感を醸成した、故郷を思いやる地元の人らしい歌である

入選  石川順一

〇二階のみクーラーつけて耐え居れば下へ行く度何もせず汗

(講評)二階と一階の境目であたたかい空気が流れている。作者の毎日の暮らしがよく描かれている。

佳作  秋野理紗

〇食事介助いまだタイミングつかめないどのスピードがいいのかな

(講評)はじめての介護実習で、利用者の食事介助をした作者。利用者に声をかけ、食べやすい体位や、配膳の位置、食べやすい料理の工夫、食事摂取状態の確認などをおこなった。利用者の満足度も考え、利用者側にたった対応を学んでいった。

佳作  伊東良子

〇我気づく目もとに光るその涙心に沁みる優しさのあかし

(講評)5日間の介護実習で多くのことを語りかけてくれた利用者がいた。その方は、作者に娘を重ね合わせ涙された。三句の「その涙」が多くのことを物語っている。

佳作  渡邉彩

〇おばあちゃん認知症でわからないでも残りしは優しい気持ち

(講評)砂時計の砂のように記憶がさらさらと落ちていってしまう。現在のみならず、過去の記憶もほとんど忘れてしまった利用者(おばあちゃん)である。しかし、その方の情緒面は維持されていると、作者は今回の介護実習で気づいたのである。

佳作  佐藤裕衣

〇もしもだよ瞬間移動できたなら願いは一つあなたのそばへ

(講評)普段は強がりをいって、「あなた」に素直になれない自分がいる。メールを送信したあと、そんな自分は可愛くないと自嘲する。四句の「願いは一つ」に作者の真剣な眼差しがうかがえる。

佳作  古賀美貴子

〇物忘れ知らないうちに消えていくメモする手にも力が入る

(講評)記憶が歳とともに薄れてゆく寂しさともどかしさを詠った。作者の気持ちが手にとるようにわかる。

佳作  安本真人

〇語りかけ必死に向かう彼をみて私は新たな夢を追いかけ

(講評)教員である作者が実感として詠った一首である。「先生」と呼ばれる人は、「できる人」ではなく、「できない」ことや「知らない」自分を素直に受け入れることのできる人であると作者は述べている。また、正直な自分であり続けたいとも言っている。

以上、選評  土永典明

2008年8月1日金曜日

平成20年 8月

入選   柳杏沙

〇目の見えないおばあちゃんと握手した「あなたの顔が見えるようだわ」

(講評)初めての介護実習で、作者が全盲の利用者(高齢者)と握手したときに、この言葉が返ってきた。単なる実習生と利用者との交流だけではない。実習生である学生と利用者の意志が、互いにしっかりと受け止められている。それが深さであり、一首の力となっている。

入選   池田彩夏

〇失敗は生きてる証と利用者に言われて涙が止まらなかった

(講評)作者が料理を失敗した話しをしたとき、利用者が「私も料理は得意じゃないのよ」と話してくれた。この利用者のいろんな経験を乗り越えての実感が、上句に凝縮されている。この言葉を聞いた学生は、悦びを感じ、うれし涙で胸がつまったのである。

入選   伊東良子   

〇実習を振り返るたび思い出す何もできない我の姿あり

(講評)実習では授業で習ったことがあまり生かされず、積極的に動けなかった作者である。「何もできない」と心情を押さえず表現した気持ちが素直に出ていて共感を呼ぶ。

入選   小柳知栄美

〇「看護師さん」そばを通るといつも呼ぶあなたの前だけ看護師です

(講評)認知症の利用者の方の前では、「看護師」という仮の姿で名優を演じ実習が終わり素に戻る作者である。簡潔に表現して奥深さを詠った。

入選   大桃雅俊   

〇最終日あの一言でウルッとした「あんたがいねえと寂しくなるね」

(講評)作者の人柄が彷彿とするところがいい。上句の若者言葉と、下句の利用者の言葉に好感を覚えた。

入選   古賀美貴子

〇吹き抜けたよさこいの風リラ冷えに力強さと艶やかな舞

(講評)札幌の「よさこいソーラン祭り」での活気を詠っている。初句の「吹き抜けた」と結句の「艶やかな舞」の表現に、祭りの情熱的な音と演舞が見えるようである。

入選   石川順一

〇槌の音ひねもす響く夏の日に何もかもが開放的な

(講評)「槌の音」と具体的な物を出し、夏のにおいを感じさせた。

入選   山辺密蜂   

〇麦の秋学童の列叫び声遠く見えるはふたかみの山

(講評)言葉に遊びがない堅実な一首。老境に入る作者の懐の深さを感じさせる。

佳作   吉田加代   

〇失語症言葉発せぬ利用者と目と目で交わす心の会話

(講評)言葉がうまく発することができない利用者とも、アイコンタクトすることでその人の心境が理解できた作者である。

佳作   武樋成子   

〇言葉なく手と手が触れ合うそれだけで何かが伝わるメッセージ

(講評)言語障害のある利用者と話すことが困難でも、手に触れて温もりを感じたときに、その人と会話ができた気がした。障害がある人との会話を違和感と感じてしまわず、スキンシップにより敏感に受け止めている。

佳作   渡邉沙希

〇利用者さんいつもウトウトしているが水戸黄門に釘付けになる

(講評)目のつけどころが面白い。時代劇長寿番組として「水戸黄門」は世代を超えて広く親しまれている。

佳作  安本真人

〇学舎は七夕終われば夏休みされど何処からか足音聴かむ

(講評)学校の教員である作者。学生が休暇に入ると想像を絶する仕事が入ってくる。上句に学生の状況を、下句に作者自身の日常生活を描写している。

以上、選評  土永典明 

2008年7月13日日曜日

平成20年 7月

入選   加藤夏基

〇我が母の右手左手荒れてても私は好きです頑張り屋の手

(講評)母に対する感謝の思いを「手」に託して表し、娘が母を思う大切なものが伝わってくる。惜しむらくは「手」が重なっているので、ひと工夫してみてください。

入選   清水恵里

〇「すまないね」小さな声で祖母がいう私に遠慮はしなくていいよ

(講評)作者があえて感情や思惟をみせず、祖母に対する慈愛に満ちた眼差しを向けている。二句の「小さな声で」が効いている。

入選   寺尾圭子

〇馴れ合いを求めるあなた新鮮さ求める私噛み合わないね

(講評)「あなた」と「私」の互いのユーモラス感がほほ笑ましく明るい。

入選   玉木友美

〇独り言運転中に多くなる言われて気づく恥ずかしいくせ

(講評)独り言というものは本来しようと思ってするものではない。単調な運転中に、ついつい「つぶやく」ことって自分でも気づかぬうちにあるものである。

入選   間口知美

〇食費とか節約しながら生活し深く感じる親の有り難さ

(講評)作者が家を離れて暮らすことで、一人で生きる厳しさを知った。家族揃って食事する和やかな情景が頭に浮かび、かけがえのない家族の存在に感謝する思いであった。当たり前の何気ない生活こそが「幸せ」であると気づいた瞬間でもあった。

入選   山辺密蜂

〇雨あしのはげしくも立てりかきつばた我が人生もかくの如くに

(講評)大病をされ入院生活を送っておられた作者が、生かされている生命力の大切さを「かきつばた」に託して詠んでいる。作者の実感が下句に凝縮されていて、深い想いが心に届く。

入選   渡眞利伊都

〇宵山にはれて寄り添い歩けるとそろえし浴衣独りで歩く

(講評)失くした恋など、思い出させる祇園祭の宵山。鐘や太鼓の囃子は叶わぬ二人の愛の行方を追うのであろうか。

佳作   佐藤裕衣

〇おしゃべりな利用者さんの背中には苦労のあとがたくさん見えた

(講評)作者が利用者(高齢者)の背中にあるライフ・ヒストリーを思い浮かべ、人生の時間を柔らかく抱擁している。

佳作   近藤真代子  

〇母の日にお寿司おごったその礼は慣れないメール「ありがとうね」

(講評)娘の心遣いに感謝する母の喜び。優しい家族の様子まで伝わってくる。

佳作   藤井春菜

〇姪っ子と触れ合うたびにふと思う優しく強く育ってほしい

(講評)姪と触れ合う楽しい語らいが響き、市井の生活を大切にする作者の気持ちが出ている。


以上、選評  土永典明

2008年6月16日月曜日

平成20年 6月

平成20年 6月

入選   渡部直美

〇今日もまたからだ傾く利用者の隣を歩きそっと手を添える

(講評)この歌には、利用者への尊厳と包み込むような眼差しがある。結句の「そっと手を出す」が、うまく響いている。

入選   増井美佳

〇声帯を無くした祖父と会話する私が介護を選んだ理由

(講評)作者が力強く、「介護福祉士」を目指す決意をこの歌に込めている。心に沁みてくる。

入選   小出有香

〇しわしわの手から教わりし折り紙を今は私が友に教える

(講評)作者と利用者との、折り紙に心をつなぐ暖かいぬくもりが感じられる。「しわしわの手」が親しみを感じさせ、とてもいい。

入選   小椋正三

〇点滴をいやがる吾子の涙顔ほほよせあやす夜の更けゆきに

(講評)子をいとおしむ親の愛情が伝わってくる。結句の「静かなる夜」は、病室のもつ雰囲気がうまく表現されている。

入選   山辺密蜂(やまべ みちばち)

〇帰りきて我が家の跡かきつばた留守番のごと咲きつづけおり

(講評)退院後間もない作者の安堵感とともに実感が伝わってくる。三句の「かきつばた」がその思いを包み、うまく響いている。

入選   伊藤美智子

〇アカシアの花に負けじと競い合う北の大地のよさこい祭り

(講評)上句の札幌の自然の描写と下句の祭りの風景がマッチして雄大な感じがでている。

入選   安本真人

〇あこがれの街よりなつかし名前聴きわが故郷を偲ぶ一時

(講評)遠い日の思い出は、セピア色した映画のフィルムのようである。故郷での師との出会いと別れ、時の流れや季節の移り変わる余情を感じる。

入選   古賀美貴子

〇一年の流れの速さ気にかかる自分自身に実りあるのか

(講評)ライフステージのなかでの目標や幸せのスケールは、人によってそれぞれ違い、心奥にあると思う。作者は、日々怠らず努力することと、生涯が研鑽であるとつぶやいている。

入選   希弥

〇いつからか追いかけていたその背中少しでいいの近づきたいの

(講評)高校3年生の作品である。思春期の琴線に触れ、憧れの様を素直に詠んでいるのがよい。

佳作   近藤真代子

〇百歳の利用者さんと交わすのは投げキッスして別れのサイン

(講評)着想が個性的である。いろんな経験を乗り越えてきた利用者のユーモラス感が心に届く。

佳作   高山真生   

〇毎朝の日課となった通学路猫の姿に顔がにやける

(講評)毎日の通学路で出会う猫がいる。何でも無い事が何となくおかしい、そして嬉しかったのであろう。

佳作   三浦加奈子

〇「好きな人いないの」と聴かれ困りはて否定はするが頬は赤らむ

(講評)引き込まれてしまうおもしろみがある。作者の純朴な人柄がでた作品である。

佳作   吉田加代

〇笹団子季節の折に婆ちゃんが毎年つくる愛情の味

(講評)情味豊かな三世代家族が見えてくる歌である。孫の祖母に対する温かな視線が感じられる。

佳作   由子

〇いつの日か一人の人の介護して死なんと思う我はヘルパー

(講評)利用者の命を慈しむホームヘルパー(訪問介護員)の気持ちが素直に伝わってくる。人生は長いようで短い。歌は生きてゆく己自身を映す鏡である。

以上、選評  土永典明
◇投稿作品の多くは学生が日常生活で感じる心情を詠んだ歌ですが、今回は一般の方からも投稿をたくさんいただき感謝しています。2008年6月14日に岩手・宮城内陸地震が発生しました。被害を受けられた皆様に、心よりお見舞い申し上げ、一日も早く復旧されますようお祈りいたします。
  

2008年5月3日土曜日

平成20年 5月

入選   堀川恵理奈

〇君の頬触れるこの手が離れてくさよなら言わずぬくもり残す

(講評)上句では、「君」との別れに際して、哀しみの涙を抑え隠すしおらしさが出ている。五句の「ぬくもり残す」に作者の心情がこもっている。

入選   佐藤裕衣

〇帰り道空を見上げてふと思うあなたもこの空見てますように

(講評)作者のピュアな気持ちが素直に出ていて、すっと胸に入ってくる。さまざまな思いを託して、空を見つめる作者のやさしな視線を感じる。

佳作   小林綾子   

〇実習は同じ言葉の繰り返し緊張している自分に気づく

(講評)上句はまさに多くの実習生の実感であろう。それを受ける下句の作者の真剣な態度が伝わってくる。2句を具体的な言葉でもってくるほうがわかりやすいと考える。

佳作   布施由里香

〇優しい手いつも挨拶した後に握ってくれる肌のぬくもり

(講評)ふと触れられた利用者(高齢者)の手のぬくもり。作者が利用者との信頼関係の構築を感じた瞬間であった。バーバル(言語)コミュニケーションは、伝えたい内容と言葉にずれが生じ、正確性に欠けることがある。作者が体験したノンバーバル(非言語)コミュニケーションの場合、情報の精度が高く言葉には表れにくい隠れたメッセージが伝わりやすい。

以上、選評  土永典明  

2008年3月16日日曜日

平成20年 4月

入選   五十嵐一仁

〇どの意味もとれる言葉の切れ端をつなぐと好きにならなくもない

(講評)アメリカンキルトのパッチワークのように、言葉の断片をつなぎ合わせることで、人間理解を深めたと言える。また、自分の視野が拡大したとも言える。

入選   和田綾子

〇恋愛を繰り返すたび問いかける好きになるのに理由はいるの

(講評)恋愛ときちんと向き合って、真摯に現状を掘り下げ考えようとしている。作者の生き方を彷彿とさせる情感がある。

佳作   今井裕加

〇「おねえちゃん素敵な笑顔大好きよ」この一言にもらった元気

(講評)介護者という利用者を支える者が、実は利用者の生きる姿に支えられていると感じた瞬間であった。

佳作   堀川恵理奈

〇さよならと手を振る君を思い出し戻らぬ日々の重さを知る

(講評)ともに語り、楽しい日々を過ごし合ったのちに去ってゆく「君」。その姿をずっと心の中で見送っている。そのさまが目に浮かび、今を見つめ直している作者である。

佳作   小林綾子   

〇自分がさなれたらいいなあの子にね無理だと知りつつ考えてみる

(講評)上の句の独り言的な発想表現、また「無理だと知りつつ」と心情を素直に肯定しようとする思いが、さり気なく出ている。

以上、選評  土永典明

2008年3月2日日曜日

平成20年 3月

入選   布施由里香

〇思い出す秋の夕日に照らされて言葉を紡ぐ君の横顔

(講評)漸く秋を身にまとった時、相手の言葉が想いとなって伝わってきたことを詠んだ歌である。下の句に余韻を残している。

入選   清水恵理

〇最後の日利用者さんと交わすのは「元気でいてね」と祈りの握手

(講評)ケアは狭義には「介護」を、広義には「世話」、「気にかかる」にまたがる意味をもっている。作者が、介護実習の最終日に利用者(高齢者)の居室を訪れ挨拶に行った。その瞬間、ケアという言葉が地平でとらえることができるようになった。「元気でいてね」という言葉が優しく響いている。

入選   希弥

〇何でかなコントロールが効かないの私の態度素直じゃないね

(講評)高校3年生の作品である。思春期には、目の前のものに目が向いてしまいがちである。群れを離れ、時には人と違う道を歩んでみると、興味の推移の盛り上がりが出てくることがある。作者は、何かの悩みにぶつかり、答えを見つけようとしている。その様子が描けている。

佳作   野口祐希

〇あの笑顔いつも近くで見てるのに自分の気持ちを伝えられない

(講評)身近になりすぎて相手に自分の本音を言えず、一歩踏み込めない作者である。二、三句に作者の純朴な人柄が出ている。

佳作   藤井春菜

〇思い出す海を見るたび故郷で過ごした時間大切な人

(講評)作者の故郷は、美しい自然と海岸線が続く佐渡である。故郷を恋しくなり涙することもあった。そのような時に思い出し、心を置くのは故郷の風景とそこで一緒に暮らす人々のことである。

以上、選評  土永典明  

2008年2月2日土曜日

平成20年 2月

入選   渡部直美

〇百十歳(ひゃくとお)の肌から見える紫暗色優しく包み一緒に歩く

(講評)介護実習で介護老人福祉施設の利用者(高齢者)との一コマである。二、三句に齢(よわい)深まる利用者の状態が、また作者の心境が重なる。「優しく包み」に利用者への心配りがさり気なく出ている。

入選   今井裕加

〇「大丈夫?」その一言でホッとする地震の後の友の声

(講評)2007年7月16日に起こった新潟県中越沖地震での友の安否を気遣った作品である。リアルタイムの出来事をテーマにし、すっと胸に入ってくる歌の良さがある。

入選   野口祐希

〇我が地元小さな町ではあるけれど俺の人生ここから始まった

(講評)学生の頃は、「人間とは何か、私とは何か」という根源的な問いかけを自分自身にしてみたりする。作者からは自分の生まれ育ったルーツを誇りとし、前進していこうとする姿勢が詠みとれる。二句の「小さな町では」に温もりをおぼえ、結句の「ここから始まる」に作者の決意がうかがえる。

入選   増井美佳

〇送信のボタンなかなか押せなくて作ったメール結局削除

(講評)Eメールを交わしても、友達とつながっているような離れているような感じがある。「なかなか」に作者の片思い感が目にうかび、結句の「結局削除」にユーモラス感があり微笑ましい。

入選   堀川恵理奈

〇赤信号あなたとわたし二人きりもう少しだけ傍にいさせて

(講評)哲学者のマルティン・ブーバーは、「我と汝(われとなんじ)」、人と人との関係は「私とあなた」の関係といっている。つまり、対象と自分を関係性として捉えることを説いている。この歌の作者は、手探りで相手のことを知り始めたということであろうか。信号待ちの間、二人の心がぴたりと重なっている風景がいとおしく感じられる。「もう少しだけ」に、相手にもう一歩踏み込もうとする作者の初々しさがうかがえる。

入選   小林綾子

〇ありがとうぐっとくるなこの言葉笑顔でかえす君へのお礼

(講評)感謝の心を大切にしようと思う作者の気持ちがよく出ている。「ありがとう」は、いい言葉である。

以上、選評  土永典明